関西の夏によく聞く「地蔵盆」って?行事内容や由来☆夏休み最後のお祭り前の豆知識☆

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こんにちは!スタッフのMAKIです★

もう、夏の終わりが近づいていますね。

大きなお祭りはどんどん終わっていき、あとは地元の小さな夏祭りくらいでしょうか。

小さい子どもがいると、なかなか電車に乗って大きな花火大会などは難しいですね。

今年も自転車で行ける範囲のお祭りに参加してきました♪

ところで、8月下旬によく聞く「地蔵盆」ってご存知ですか?

地方ではこの「地蔵盆」に合わせてお祭りが行われます。京都に住んでいた頃は、あちらこちらで目にしました。

大阪の地元でも行われており、毎年参加しています。地元では、縁日が出て、盆踊りも行われます。

この「地蔵盆」について、少し調べてみました。

「地蔵盆」ってなに?

「地蔵盆」ってなに?

「地蔵盆」とは、お地蔵様を祀って、感謝をする日と言われています。

  • 近畿地方を中心とする地域で古くから行われている行事のひとつで、旧暦の7月24日を中心とした3日間で、本来お祭りはその期間内に行われます。

お地蔵様のある町内の人々が、像を洗い清め、前垂れを新調し、供え物や提灯で祀ります。お供えには、お花やお米、ほおずきなど、お菓子を備えることもあります。

対象となるのは、お寺等に祀られているお地蔵様ではなく、路傍や街角に佇んでいるお地蔵様たち。

現在は、参加する人たちの仕事や学校の都合に合わせ、週末に行われたり、月遅れ(8月24日前後)で行われたりと、地域によって様々だそうです。

子どもが主役

子どもが主役

地蔵盆は、実は子どもが中心の行事。

「お地蔵様」は、地域の守り神であることはもちろん、子どもの守り神でもあるのです。

ですから、日頃からお守り頂いているお地蔵様を子どもたちが供養する。

それが「地蔵盆」の本来の姿なのです。

私の地元の地蔵盆でも、子どもたちがお地蔵様に手を合わせ、お供え物をしたり、お浄めを手伝ったりします。

お地蔵様が子どもの守り神?

地蔵盆については、諸説あり、どれが真相であるかはわかっていないそうです。

そんな中から、多く語られているお話を紹介します。

  • 幼い子どもが親より先に世を去ると、親を悲しませ親孝行の功績がないことから、三途の川を渡れず、河原で鬼のいじめにあいながら、石の塔作りを永遠に続けなければいけない、という話があります。

想像しただけでも悲しい話ですが、お地蔵様は、河原に足を運んでは子どもたちを鬼から守り、仏法や経分を聞かせて得を与え、成仏への道を開いてくれるそうです。

ゆえに、地蔵盆は子どもの成長や幸せを願う行事として広まったと言われています。

小野篁(おののたかむら)

お地蔵様とあじさい

奈良県の金剛山寺(こんごうせんじ)に伝わる有名なお話があります。地蔵盆の由来の一説となっています。

  • 平安時代前期に小野篁という人物がいました。彼は、役人・学者・歌人、と多くの顔を持っていました。
    日の高いうちは朝廷に仕え、夜には井戸から地獄に降り、閻魔(えんま)大王に仕えて裁判の手伝いをしていたといいます。
    ある夜、小野篁が地獄に降りると、閻魔大王が地獄で苦しむ死者の代わりに自身の体を地獄の炎で焼いて苦しんでいたといいます。

閻魔大王といえば、地獄の王様、悪者のイメージが強いですが、実は地蔵菩薩の化身とされています。閻魔大王は、弱い人を守ってくれる存在だったのです。

そこで、師弟関係にあったものたち(小野篁たち)が、そんな閻魔大王のために供養をしました。

その地蔵菩薩の縁日(命日)が旧暦で7月24日(新暦で8月24日)となっており、後に地蔵盆となったとのことです。

最後に

いかがでしたでしょうか。

関東の方にはあまり馴染みのないものだったかもしれません。

関東ではお地蔵様が作られたのが遅かった、お稲荷さん信仰が深かった、等の理由で、根付かなかったと言われています。

関西では夏休みの締めのイベントともいえる地蔵盆。

今度、道端でお地蔵様を見かけたら、少し足を止めてみてはいかがでしょうか。

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